省略のある板金三面図からの３次元モデルの復元

１．はじめに

　機械や建築などの産業製品の設計には，２次元および３次元のＣＡＤシステムが広く用いられてきた．しかし，２次元ＣＡＤシステムには，物体の形状認識が難しいなどの短所があり，３次元ＣＡＤシステムには入力方法や形状定義が複雑になるなどの短所があった1)．そのため，入力の容易な２次元データから形状認識の容易な３次元モデルを作成する，３次元形状モデリングＣＡＤシステムが開発され，実用化されている2)～4)．
　図面の描き方については，製図規格というものが規定されている5)．しかし，実際には工業図面は，設計者から製造者や他の設計者へ誤解なく伝達され理解されれば充分であるため，それほど厳密でなく，製図の習慣や部品形状に応じ，自由に描かれる．ところが，三面図から３次元物体を構成する従来の手法6)～8)を用いたシステムは，線分の欠落のない完全な図面を前提としているため，このような慣習的な省略を含む図面へは十分に適用できないという問題がある．このような背景から，不完全な図面から３次元モデルを復元する手法が望まれている．渡辺ら9)は，３次元モデルを復元する際の稜線，面，立体を段階的に生成するボトムアップ処理の，各段階で現れる症状を解消するように矛盾を特定し，不足線分を追加することで不完全な図面から３次元モデルを復元する手法を提案した．
　本論文では，板厚部に省略のある板金物体の三面図を対象とする．板厚部とは物体の厚さ部分のことである．本手法10)では，ボトムアップ処理の前段階で入力データが欠落していると推定される部分に点を補う．また，ボトムアップ処理の最後には，板金物体の「厚さが均一」であるという特徴を利用し，省略された線分に対応する稜線を生成する．このような２段階の処理により，線分の省略のある不完全な三面図からの３次元モデルの復元を可能にした．
　本論文の構成は次のとおりである．２章では，本稿で扱う板金物体の定義を与え，板金三面図に見られる省略を整理・分類する．また，三面図から３次元モデルを復元する従来の手法と，省略のある三面図にそれを適用したときの問題点について述べたあと，省略のある三面図に対処する手法の方針を述べる．３章では，本手法の各処理ごとに具体的なアルゴリズムを説明する．４章では，本手法に基づいたシステムに省略のある実用的な三面図を入力し，本手法の有効性を確認する．
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２．省略のある板金三面図と３次元復元

２．１　板金物体の定義

　図１は板金物体の例である．本論文では，板金物体の定義を「厚さが均一の１枚の板状物体に，切断，穴あけ，折曲げの加工を施したものであり，板厚部が最も小さな構造である物体」とする．また，省略を認識するにあたり，各加工に次の制限を設ける．
　【切断加工】
　　・切断面は，平面，円柱面よりなる．
　　・切断面は，板金表面に垂直である．
　【穴あけ加工】
　　・穴あけの外形は，円弧，直線分よりなる．
　　・穴あけの方向は，板金表面に垂直である．
　　・穴は貫通している．
　【折曲げ加工】
　　・折目は直線とする．
　　・曲面による切断，穴あけ加工部分における折曲げ加工は認めない．
　　・折曲げ加工は，切断面に垂直である．

２．２　板金三面図に見られる省略の分類

　三面図は，物体をx,y,z方向に投影し，その形状を実線で示される外形線，破線で示される隠れ線によって過不足なく表現する．しかし，工業図面として実際に使用される三面図は，人同士の意志伝達に用いられてきたため，人間が経験上理解に支障のない範囲で省略を含んでいる．板金物体の三面図においては，特に板状物体であるという構造上の特徴から，省略される部位に偏りがある．板金物体は，その板厚の部分を三面図中に示す際，そこに現れる切断を示す外形線や隠れ線，穴あけの断面を表す隠れ線は，作図が困難であり，図面を複雑にするため，普通省略される．
　表１は，実用に供している板金図面からランダムに抽出した１３枚の図面に見られた省略を整理・分類したものである．また，分類したそれぞれの省略の例を図２に示す．なお本稿では，出現頻度の高い①，②の省略を対象とした．以下では，省略された線分を省略線分と呼び，①の省略線分に対応する稜線を板厚部省略稜線，②の省略線分に対応する稜線を穴部省略稜線，これら２つをまとめて省略稜線と呼ぶ．

２．３　従来の手法による３次元モデル復元処理

　三面図から３次元モデルを復元する従来手法7)の手順を図３-(a)に示す．三面図から３次元モデルを復元する手法の多くは，ボトムアップ的アプローチによって順次３次元要素を生成していく．すなわち，２次元図形として入力された三面図要素（点，線分）のうち，点データに関して３つの面図間で対応をとり，頂点を復元する．次に，２つの頂点を端点とする稜線のうち，三面図中に対応線分があるものを復元する．この復元した稜線により閉ループをつくり，そのうち三面図中に対応領域があるものを候補面として復元する．最後に，候補面の組合せ探索をし，実際に３次元モデルを構成する候補面の集合を求める．ここで，求められた候補面集合を解，解に含まれない候補面集合を虚要素と呼ぶ．
　以上に述べた三面図から３次元モデルを復元する従来の手法では，入力された三面図をもとに各面図間で完全に対応のとれた３次元要素（頂点，稜線，候補面）のみを復元していた．しかし，前節で挙げたような省略を含む図面には，省略線分があるため，その線分の端点となる点も欠落している．その結果，省略線分の端点に対応する頂点が復元できず，これらの頂点を利用して復元される稜線も復元できない．従って，解となる３次元モデルの構成要素が欠けてしまうことになり，三面図が意図する３次元モデルを構築することはできない．なお，以降省略線分の端点である欠落した点を省略点と呼ぶ．

２．４　板金物体の性質を利用した復元の方針

　板金物体の三面図では，表１の①，②の省略線分に関して，次の２つの特徴がある．
　　・面図中で，省略線分と板金表面を示す線分は垂直になる．
　　・省略線分に対応する部分は，他面図中では，物体の輪郭形状を表す線分の端点に対応する．この端点を対応点と呼ぶ．
　図４は，これらの特徴を示す図である．正面図中で，板金表面を表す線分と省略線分は，垂直に交わっている．また，正面図の省略線分の平面図で対応する部分は，物体の輪郭を表す線分の端点となっている．
　本手法では，まず，これらの特徴をもとに省略点を復元する．省略点を復元することで各面図中の点の対応がとれるようになり，頂点をすべて復元することができる．頂点を復元したあと，三面図と対応がとれる３次元要素を復元する．ここまでで，省略線分に対応する省略稜線，またそれを要素とする候補面を残し，すべての３次元要素が復元できる．図５は，図４の三面図に関して面図間で対応をとり，３次元要素を復元したモデルで，以下の特徴も示す．
　　・省略稜線は，板金物体の表裏の面中の頂点を端点とし，かつ，表裏の面と垂直に存在する．
　この特徴から，省略稜線を復元し，同時にこの稜線に関係する候補面を復元する．これにより，解を構成するすべての要素が復元されるので，最後に虚要素を排除して解を求める．
　図３-(b)は，以上の方針にもとづいた本手法の処理の流れである．

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３．省略点追加による板金物体復元

３．１　省略点の復元

　ここでは，省略点を復元する処理について述べる．
　本来の完全な三面図データでは，線分は端点以外の点を含まない．しかし，省略がある三面図データでは，線分中に省略された点，すなわち省略点を含んでいる．省略点の復元の処理では，このように線分中に含まれた省略点の座標を求め，これを復元する．さらに，求めた省略点によってもとの線分を分割し，線分が端点以外の点を含まないようにする．
　以下では，正面図（x-y平面）の省略線分に省略点を復元する処理について述べるが，表２の対応関係により座標軸の置き換えをすることで，他の面図についても同様に成り立つ．
　はじめに，正面図中のすべての線分の方程式を，線分の両端点の座標値から求める．次に，求めた各線分の方程式に，平面図の対応点のx座標値のうち線分の領域に入るものを代入し，その対応点と対応する省略点の座標値を求める（図６）．側面図の対応点に関しても，そのy座標値が線分の領域に入るものを代入し，対応する省略点の座標値を求める．表３に，省略点の座標値を示した．すべての省略点を復元した後，各線分が端点のみを含むように分割する．
　以上の処理により，省略線分の端点である省略点が復元され，頂点の復元が可能になる．

３．２　板厚部省略稜線，穴部省略稜線の復元

　省略点の復元の後，面図間対応により頂点と，省略稜線以外の稜線が復元される．これらの要素と，これらによって復元される面をもとに省略稜線を復元する．まず，復元された面をもとに板厚部を特定する（３．２．１節）．次に，板厚部をはさむ板金表面の組（以降板金表面ペア呼ぶ）から，省略稜線の端点となり得る頂点を求め，省略稜線を復元する（３．２．２節）．板厚部省略稜線，穴部省略稜線とも，同様の手法で復元できる．以下では，これらの処理の具体的な手順を説明する．

３．２．１　板厚部の特定

　板金物体の板厚部には，次の条件がある（２．１節参照）．
　　・板厚部は厚さが均一である．
　　・板厚部は物体の最も薄い部分である．
　したがって，復元したすべての面から，平行で，面同士の距離が最も近い面組の集合を求める．これが省略稜線の端点が存在する板金表面ペアであり，その間の部分を板厚部と特定する．

３．２．２　省略稜線の復元

　前節の処理で特定された板厚部に，省略線分を補完するための稜線を推定し復元することを試みる．このような稜線は，元板に切断加工や穴あけ加工を施した結果生じる稜線である．

　まず，表記法を導入する．板厚部を成す表裏の板金表面ペアをＦ，Ｂとする．もちろんＦ，Ｂは板厚の間隔を保ちつつ平行である．また，頂点をｖF，ｖBなどと書くとき，それぞれ面Ｆ，面Ｂ上の頂点であることを表すことにする．稜線ｅF，ｅBについても同様の意味である．

　このとき，与えられた板金表面ペアＦ，Ｂについて，省略されている板厚部の稜線を新たに生成復元する手続きは，次のようになる．

　step 1:つぎの性質を満たす頂点ペア(ｖF，ｖB)を探す．

　　　　［性質１］ｖFｖB　Ｆ（線分ｖFｖBが面Ｆに垂直）
　　　　［性質２］ｖF，ｖBから同じ方向に出ている２組の稜線ペア(ｅ1F，ｅ1B)，
         (ｅ2F，ｅ2B)が存在する（図７参照）．ただし，ｅ1Fとｅ2Fは
         一直線上にないこと．

　step 2:頂点ペア(ｖF，ｖB)が見つかれば，線分ｖFｖBを新たに復元された板厚部の稜線として登録し，step 1へ戻る．

　step 3:頂点ペア(ｖF，ｖB)が見つからなければ手続き終了．

３．２．３　対応線分の種類の決定

　省略稜線を復元した後，その稜線を三面図に投影して，対応する線分，すなわち省略線分を追加する．追加する線分の端点はすでに三面図上に存在している省略点である．したがって，これらの線分から判断して，加える線分の種類を決定する．
　外形線になるのは，面図に投影したときに加える線分を隠す要素がないときである．これは，次の２つの条件を満たすことと等価である（図８）．
　　・加える線分と連結する線分の種類が，すべて外形線である．
　　・加える線分の端点に対応する他の頂点の，面図に垂直な座標値が，省略稜線の端点の座標値と同じか大きい．
　どちらか一方でも満たさない場合，隠れ線となる．

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４．実行例

　以上述べた手法に基づいたシステムをＣ言語を用いて開発した．ここでは，表１に示した省略を含む三面図をこのシステムに入力し，本手法の機能を確認する．
図９は表１の①板厚省略線分を含む図面，図１０は表１の②穴省略線分を含む図面，図１１は両方の省略線分を含む図面による実行結果である．表４は各図面に省略されている線分の本数を示している．
　各実行結果とも，完全な三面図を従来手法に入力し復元した３次元モデルと一致している．板厚部に省略のある三面図から３次元モデルを推定するにあたり，本手法が有効であることが確認された．

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５．おわりに

　板金物体の三面図に見られる省略を分類し，そのうち板厚部の線分が省略された板金物体の三面図から，推定される３次元モデルを復元する手法を提案した．また，この手法によるシステムを開発し，その有効性を確認した．
　今後課題となる問題点として，省略のある曖昧な図面を入力するため，解となる３次元モデルが多数復元されるということがある．このような場合に，類似した解をひとまとめにしたり，対話的な処理など，ユーザが解を選びやすいような処理を組み込むことを検討している．
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６．参考文献

1) 西原清一：図面理解による３次元モデリング，Computer Today，Vol.10,No.4，pp.18-29(1993).
2) 沼尾雅之,増田　宏：三面図からのソリッドモデル変換技術の現状，人工知能学会誌，Vol.11, No.4,pp.542-549 (1996).
3) 秋間正道,今井弘毅,山本晃郎,金光徳弘：Solid-R，Computer Today，Vol.10,No.4，pp.49-52 (1993).
4) 青村　茂,石原　肇：図面の認識と立体作成，情処研報，Vol.93,No.62,CG-63,pp.75-82 (1993).
5) 服部延春：機械製図－理論と実際－，p.360，工学図書，東京 (1986).
6) 高橋正充,佐々木康仁,伊藤　潔：非線形疑似ブール計画法による曖昧な三面図からの多面体の一意的合成，人工知能学会誌，Vol.6,No.6,pp.904-911(1991).
7) 井上正博,金　昌憲,西原：代数曲面を含む三面図の解釈，情処研報，Vol.93,No.14,CG-61,pp.9-16(1993).
8) 内野寛治,狩野　均,西原：制約知識ベースに基づく三面図理解，人工知能学会誌，Vol.11,No.4，653-661 (1991).
9) 渡辺　崇,田代明子,藤井省三：矛盾を含んだ三面図情報からの物体の推定，情報処理学会論文誌，Vol.35,No.11,pp.2320-2330 (1994).
10) 田村雅之,梅澤　顕,狩野,西原：省略の含まれる三面図からの３次元モデルの復元，情処研報，Vol.95,No.63,CG-75,pp.17-24 (1995).

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省略のある板金三面図からの３次元モデルの復元

目次

１．はじめに

２．省略のある板金三面図と３次元復元

２．１ 板金物体の定義

２．２ 板金三面図に見られる省略の分類

２．３ 従来の手法による３次元モデル復元処理

２．４ 板金物体の性質を利用した復元の方針

３．省略点追加による板金物体復元

３．１ 省略点の復元

３．２ 板厚部省略稜線，穴部省略稜線の復元

３．２．１ 板厚部の特定

３．２．２ 省略稜線の復元

３．２．３ 対応線分の種類の決定